修羅の贄 #22




サンジは再度、川の様子を確かめた。
一番近い川岸まで3間だが、今のこの身体ではおよぎつけないだろう。だが、やや下流で川が大きく蛇行している。
その蛇行の部分に河原がおおきくせり出している。
その部分にうまく流れつければ…。だがこの動かぬ四肢でどうやってそこを目指す?
そう考えているうちにも空は茜色に変わり、紅葉の赤をいっそう照り光らせたのもつかの間、東の端から刻々と闇が押し寄せてきている。

考えてる猶予は無ェな。
サンジは思い切って、岩を離れた。
とたんに川の濁流にのみこまれる。とても河岸へ泳ぎ着くどころではない。
しかし蛇行のところで大きく膨らんだ外側は垂直の岩だ。そちら側に流されてしまえば、つかまるところはない。

なんとしても内側の岸の方向へ身体を向けなければならない。四肢は思うように動かないが、荒海の船上で鍛えられた体幹がある。川の流れに抵抗するのは容易ではないが、やれることをやるしかないのだ。もう濁流に身を投じてしまったのだから。ようやく身体をぐいっとひねることができた。
サンジは流れる方向をしっかりと見定めた。
大海原にあって船は、目指す方向を見定められないとその場所へたどり着けない。
今俺は船のかじ取りをしているんだ。俺という名の船の…。
その想像はサンジを高揚させた。この麻痺した身体ではだどりつけないかもしれないなどという弱気は心から消えていく。手足で水を掻くのではなく、船体として進めばいい。

ひとつめの蛇行では河原に近寄れなかったが、サンジの身体はさらに下流へ流れて次の河原を目指す。
そうして3つめの蛇行でサンジの身体は河原の浅瀬にたどりついた。
あたりはすでに闇が色濃く覆い、星が瞬き始めていた。
起き上がらなければ、と身体に言い聞かせる。
――ここまで来たのだ、あと少しだ。立ち上がれ、俺。立って歩け。下半身を川水に浸したままでは凍え死ぬ。

頭は冴えていて冷静に今の状況を理解し判断できる。
しかし立ち上がれない。下肢が動かない。薬による麻痺が抜けていないのだ。
腕の力だけで上半身を起こし、ずるりずるりと身体を動かす。
手のひらはもちろん、顔も腕も脚も河原の石で傷だらけになったが、サンジはあがいた。
はたから見たら、身体をよじらせているだけで前身出来ているようには見えないくらいだったが、執念だけでサンジは動いていた。
川の水がとうとうと流れる音に交じって、サンジの手と身体が石を擦る音が闇に溶けていった。



(つづく)



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